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メディア企業のオーナーの投下資本は、永久的な年金基金とも言える。
しかも追加の資本投資も不要で、年率六%成長する年金を保有するのと同じである。
これを、追加資本投資があって初めて成長することができるような企業と比べてみよ、と彼は言う。
もし君がメディア企業を所有し、その企業の利益が毎年一OO万ドル、六%の成長が見込まれるとする、君は、この企業に二五OO万ドル払ってもよいと言う。
一OO万ドルを、一O%(無リスクのレート)六%(成長率)H四%、で割った値である。
一OO万ドルの利益は上げるが、追加資本投資なしでは成長できない企業の場合では、一OOO万ドルの価値しかないと考えられる。
もし、この考え方をCCのケースに適用すると、同社の価値は、一株当たり二O三ドルが二九0ドルに変わる計算になる。
そして、安全余裕率は買値の一七二・五ドルを六O%上回ることになろう。
しかし、この推計には多くの。
もしもu がついている。
Mは、CC/ABCの一部を九億ドルで売ることができるだろうか?(実際には一二億ドルで売れた)。
彼はABCの営業利益率を改善することができるか?広告業の成長は本当に期待通りにいくのだろうか?PがCC新株で安全余裕率を大幅に得ることについては、いくつかの要因があって、簡単には実現しそうになかった。
第一に、CCの株価が長年の間上昇傾向にあったことだ。
Mとパークの経営が非常にうまくいっていて、株価にそれが反映していた。
だからGEICOのケースと違って、PがCC株を割安な価格で買うチャンスがなかった。
しかも、これは私募であったために、いずれにしても、彼はそのときの相場に近い価格で買わなければならなかったのである。
応募した価格に多少の不満があったとしても、早々に値上がりしたことで、Pも喜ぶしかなかった。
一九八五年三月一五日金曜日、CCの株価は一七六ドル。
次の月曜日三月一八日の午後、CCによるABCの買収が公表された。
翌日の大引けにCCの株価は二O二・七五ドルをつけた。
足かけ四日のうちに二六ドル、一五%の値上がりである。
Pの利益は九OOO万ドル。
この取引の受け渡しは、一九八六年一月であった。
彼がCCの買いで得た安全余裕率は、彼がそれまでに行なった買いのケースに比べて大幅に少なかった。
彼は、なぜそれを実行したのか。
その答えは、ずばり、トム・Mだった。
Mがいなければ、買いはしなかった。
Mが、Pにとっては安全余裕率そのものであった。
たしかにCC/ABCは例外的な企業として、Pを惹きつけるものを持っていた。
しかし、Mにも、何か特別なものがあったのだ。
Pは言う。
「PはMを尊敬していた。
たしかに、彼とパートナーになるということだけでも、Pにとっては魅力があったのだ」CCは権限委譲を経営の哲学としており、Mとパークは、可能な限り、最良の人材を雇う。
そして彼らに任せてしまう。
すべての決定は、彼らのレベルで下される。
パークは、Mと出会った最初の頃に、Mのこの方針を察したというロパークは、アルパニーのTV局を任されていたときに、毎週一度、リポートを郵送することにしていたが、Mからの返事は一度も来なかった。
そしてついに彼が受け取った返事は、「私は、君に招かれない限りはAには行かない。
行くとしたら君を首にしてからだよ」というものだった。
Mとパークは、傘下企業と相談して、その各社の業績を四半期ごとに検討し、年間の予算を組む。
このこと以外は、各社のトップは、自分がオーナーになったつもりで経営を進めるよう任されている。
Mは「われわれは各社のトップに大きな期待をかけている」と書いている。
CCの子会社を任されている彼らに、とくに要求されていることが一つある。
それは、経費をコントロールすることである。
彼らがそれに失敗したときには、Mは手ごころを加えず乗り込んでいく。
CCがABCを買収したとき、Mの経費削減の手腕がとくに求められた。
TVネットワークでは、利益ではなく、視聴率(レーティング)でものを考えるという傾向がある。
その視聴率を上げるために必要だということであれば経費のことは後で考えよう、ということだ。
この考え方が、Mの指揮下に入ると同時に、突然、修正を迫られたのである。
慎重な選考の末に、ABC社内に設けられた委員会の助力を得て、Mは、給与、給与外所得、そして経費を削りに削った。
約一五OO人が、有利な退職プランを受け入れて会社を去った。
ABCの重役用の食堂やエレベーターなどは閉鎖。
ロサンゼルスのABCエンターテイメント社のリムジンは、Mが初めて視察に訪れたときに送迎にも使われたが、これも直ちに廃止された。
Mの次の出張のときには、タクシーを使ったという。
こうした節約精神は、CCでは日常の心がまえになっていた。
同社のフィラデルフィアのTV局WpvIは、岡市でトップ局だが、ニュースのスタッフは一OO人。
一方、競争相手のCBSの提携局は、一五O人体制をとっている。
MがABCに来たとき、そこには、ABCの五つのTV局関係の業務を処理するスタッフが六O人いた。
現在は、六人のスタッフで八局の面倒を見ているという。
ニューヨークのWABC-TVには六OO人の従業員がいて、営業利益率が三O%であった。
それが現在では、従業員は四OO人に減り、利益率は五O%を超えている。
経費の問題が片づいた後、Mは日常業務をパークに任せて、自分は、企業買収と株主資産の運用に専念することにした。
放送・ネットワークビジネスの基本的な業況から見て、CCが豊富なキャッシュフローを生み出すことは確かだった。
それに加えて、Mの経費削減に取り組む姿勢があるので、CCが、キャッシュフローであふれる状態になることは推測できた。
一九八八年から九二年にかけて、同社は自由に使える現金二三億ドルを生み出した。
これだけ多額の資金を手にすると、経営者によっては、企業を買収し、企業の基盤を広げることにそれを使ってみようという誘惑に抵抗できないかもしれない。
M自身も、いくつかの企業を買い入れている。
成長を続けるCCにとって、企業買収は、非常に重要だった。
Mは、いつもメディアの施設を物色していて、一九九O年には六一OO万ドルで小さい施設を買うなど、数件の買収を実行した。
しかし、当時は、一般的に高値になっていた、と彼は言う。
割高のものは買わない、という姿勢は崩していない。
CCは莫大なキャッシュフローを持っていたので、いっぺんにさらってしまうことも可能だったが、。
Mは、気に入るものが見つかるまで、何年も待つことができる男だ。
金があるから、というだけの理由だけで取引に応じることはしないというのが定評のようだ。
Mとパークは、メディアというビジネスは、業況が循環的に変動するから、あまり借入金に依存していると株主のリスクが大きくなり過ぎる、ということを知っていた。
パークは「Mは、われわれ二人のなかのどちらかがか致命傷を受ける可能性があるヘと考えるような取引には絶対に応じなかった」と語っていた。
Mは、割高になっているメディア企業を買いたくはなかったので、借入金を返済し、自社株買いを行なう方法をとった。
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